| 壊れた! |
| 1997/09/03 |
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私の一番のPC愛用機シャープ・メビウスノート・PC-A355が壊れてしまった。「正確には壊れてしまった」というより、『壊してしまった』という方が正しい。 私は現在住宅工事の関係で自宅が思うように使えない為に、仕事場に3台のパソコンを持ち込んでいる。一台はデスクトップのAptiva755というペンティアム120Mhzモデルだ。なんとか仕事場でこいつの置き場所を確保し空きスペースに押し込んだ。というのも3台のパソコンの内でモデムがあるのはアクティバ755だけなのだ。こいつがなければインターネットもできないし、自分の作っているホームページ・ファイルの更新も出来なくなってしまう。3台のパソコンを仕事場に持ち込んだと言うとなんだかバリバリとPCを使いこなして仕事をしているみたいだけど、仕事でバリバリとパソコンを使う用事はほとんどないし、仕事があったとしてもPCをバリバリ使うほどの能力もない。 2台目のSHARP Mebius noteは仕事先で暇な時間帯にパソコンで遊んでいようと思って買ったものである。使い出して一年と数ヶ月。SHARP Mebius noteは一番良く使うパソコンとなっていたもので、暇があればホームページの作成をし遊んだり、色々なソフトを使って楽しんでいた。SHARP Mebius noteは、すぐにハングアップしてしまうAptiva755(RAM48MB)と違って、少々手荒く操作をしても、ハングアップすることなくタフなノートだという印象を持って使っていた。 3台目のパソコンは東芝のLibretto20というパームトップに近いパソコンである。これはこのサイズでWindows95が動くのが凄いと思って買ったものだ。Libretto20は自宅と仕事場を、Windowsのブリーフケースのように、ファイルの移動用パソコンとして使用していた。しかし、仕事場にAptiba755と、メビウスノートの2台のパソコンがあっては、Libretto20は好奇心だけでは面白いけど、これで何かをするってほどの用途もなくて甥っ子の遊び道具に貸し出している。 自分の使い勝手が良いSHARP Mebius note(PC-A355)とせっせと仲良くしていた。念願のメモリも増設し、アプリの強制終了もさらに少なくなって、強制終了によって「せっかく作ったファイルを」と、くやしい思いをする事も少なくなっていた矢先の事だ。そんな矢先、事あろうかコップ一杯の水をキーボードにかけてしまった。ノートのキーボードといえばその下部はパソコン本体である。 あせった、パニくった。慌てふためきもたつき電源を抜き水分を拭き取って乾かす事半日。恐る恐る電源を入れてみるが起動せず。 翌日。起動しかけるが、ウィンドウズのロゴが出た後にハードディスクがスコーンと落ちて次は再起動も出来ず。 3日目。電源を入れると、セットアップユーリティでの時間設定を要求される。その後ウィンドウズの起動画面に入るも、何とかが問題ですの英文表示が速すぎて(速すぎなくても理解できないかも)理解できず。その後セーフモードでウィンドウズの起動成功。わけがわからないメッセージの羅列に早々に電源を切る。 4日目。3日目と同様である。 5日目。今日、正常起動出来なければ修理に出す事を考えている。三日目と同様のセーフモードでしか起動できない。とりあえずセーフモードでWindowsが起動できたので重要なファイルをバックアップする。セーフモードではケーブル接続が出来ないので、フロッピーディスクを入れ替えてファイルをAptiva755に移す。 6日目。3日目と同様である。予め電話をして修理に持っていき、メーカー修理をお願いしてきた。 14日目。まだ修理が出来たとの連絡がない。少し心配。 一番良く使うメビウスノートが使えなくなってしまった。でもAptiva755はキーボードやマウス操作をする場所が無い。そこで甥っ子に貸してあったLibretto0を返してもらって使用することにした。この作文もLibretto20のキーボードで打ち込んでいる。ここ一週間はLibretto20でホームページのファイル更新をしている。太い指にLibretto20の小さなキーボードで、ミスの連発を出しながらの操作で指が痛くなってしまった。 めび子よ、完治して早く帰ってきておくれ。 注・めび子とはSHARP Mebius noteのPC-A355の事です。 後記:この文章は1997年から2000年ぐらいまでは公開していたのだが、その後サイト再構成にあたりいくつかの文章を割愛していた。それら割愛していた文章を見直して再掲載してみました。このころのPC事情としてはデスクトップ(タワー型)にはモデムが付いていても、ノートパソコンはモデムカードを後から購入して取り付けて使う時代でした。ネット環境も当時最高速度は28,000bpsなんて今では信じられない低速でネットでした。インタネット通信費もニフティなど従量制課金で月3万とか4万なんて通信費がかかったこともありました。さらにこれに電話料金が別に通信費に応じてかかってきます。 |