机の上で、銀色の小さな携帯用スチールポットが、同じ場所に5日ほど大人しく立っていた。
「ぼくここにいるよ」
小さなポットはそうつぶやいた。
小さなポットはこの世に生を受けて、やっと活躍できる時がきた。小さなそのポットは、電気ポットのお湯をいっぱい入れてもらって、それから小さなバッグの中に納められて、小さな小さな旅をする。小さな小さな旅は、自転車の前のかごが指定席さ。
小さなポットはお湯をいっぱい入れてもらって、それから小さなバッグに納められて、小さな小さな旅をするのが大好きだった。自分は生まれた使命を立派に果たしている。小さな体は熱い思いでいっぱいだった。
小さなポットの旅は、片道20分ほどの、本当に小さな小さな旅だった。ぼくはとってもうれしかった。お湯をいっぱい入れてもらって、ぼくはぼくの使命を初めて果たしに行くんだ。ぼくは胸を張ったよ。
でも、最初は、どこに連れて行かれるのかと、ちょっと心配だった。ひょっとしたら、ぼくはこのまま捨てられちゃうのかな。初めての使命にちょっぴり興奮して、あらぬことも考えちゃった。
自転車に鍵をかける音がする。どうやら目的地に着いたらしい。と、小さなポットは思った。自転車の前のかごからバッグが取り出されると、ぼくはたっぷんたっぷんと興奮した。もうすぐとっても大事な仕事があるんだ。そのことがとってもうれしかった。ぼくはそのために生まれてきたんだ。バッグの中の小さなポットは、バッグが肩に吊り下げられて、バッグと共に建物の中に入って行った。
肩から吊り下げられたバッグは、階段で前後左右に揺れた。バッグの揺れで、ぼくはよりたっぷんたっぷんと興奮した。建物は白っぽい、清潔な感じの静かな空間だった。
何段も何段も階段を登っていくにつれて、ときどき「こんにちは」という挨拶を交わす声がする。階段が終わって部屋に入ったみたいだった。ここはもう5階ぐらいだろうか。小さなポットは先ほどの興奮が薄らいで、今度はなんだか、ちょっぴり怖くなった。
「姉さん元気」という声と共に、ぼくはバッグから取り出されてテーブルの上に置かれた。そのテーブルは小さなテーブルで、小さなぼくととてもお似合いだと思った。ぼくきょろきょろしちゃったよ。周りは白っぽくて、同じようなベッドが幾つかあった。
ひとつのベッドで、お姉さんと声をかけられた人は、とても細い人で、骨に皮膚をまとったような人だった。目も落ち込んでいる。ぼくはなんとなく怖い気持ちもあって、とても緊張した。
「今日はね、ポットにお湯を入れてきたから、紅茶でも飲もうよ」と言って、ぼくを買ってくれた人は、ぼくをお姉さんに紹介してくれた。
お姉さんはぼくを見ながら「まあ」と、うれしそうな声をかけてくれた。動いたのは口だけで、声はほとんど聞こえなかったけど、心から『まあ』と、本当にうれしそうな顔をしたんだ。ぼくはさっきの、怖い気持ちも緊張も吹き飛んで、このお姉さんつくす決心をしたんだ。
ぼくの主人は、ぼくを買ってくれた人だけど、ぼくが使命を果たす人は、あのお姉さんなんだ。熱い紅茶を美味しそうに飲んでくれた。飲んでくれたのは、ほんのわずかな量だけど、ぼくはとってもうれしかった。
この頃はまだ、ぼくを買ってくれた人は、ぼくを置いて行くことも多かったので、ぼくはときどきしか姉さんのところに連れて行ってもらえなかった。連れて行ってもらっても、使ってもらえないこともあった。それでもぼくは、たまにお湯をいっぱい入れてもらって、姉さんのところに行ける事を思うだけで幸せだった。
半年が過ぎると、季節は気持ちのよい緑の季節だった。小さなポットは、小さなバッグの中で自転車のかごの中だ。小さなポットは、川の土手を西に向かって小さな旅をしていた。小さなポットは、どうしてお姉さんのところに行かないのかと思った。川の土手は、初夏を迎える緑で命にあふれ、小さなポットは気持ち良かった
自転車を漕いでいるぼくを買ってくれた人は、ゆるいけど長い向坂で大変そうだだった。でもぼくは、さわやかな風にうっとりしていたよ。40分ほどのサイクリングはとても快適だった。
どうやら着いたみたい。周りは木がいっぱい。ここは外も静かだ。建物の中も静かだ。建物の中は、お姉さんのいるところと同じみたいなところ。ぼくは初めて姉さんに会ったときと同じように、きょろきょろしてしまった。また階段でも、何度かたっぷんたっぷんしたよ。
「姉さん元気」という声がした。お姉さんがいるんだ。ぼくは飛びあがって喜んだよ。階段でもないのに、たっぷんたっぷんしちゃったよ。ぼくはもっと頑張るよ。いっぱいたっぷんたっぷんして、お姉さんに喜んでもらうよ。お姉さんは美味しそうにお茶を飲んでいる。
次の日からは、お姉さんがお茶を入れるようになった。お姉さんはときどきお湯をこぼしそうになったりして、ぼくひやひやしちゃったよ。ぼくもお湯をこぼさないように頑張ったんだけど、お姉さんはお湯を少しこぼしちゃったりするときもあったよ。それでも毎日毎日、お姉さんはお茶を入れてくれたんだ。
お姉さんはそれから半年の間に、だんだんとお茶もたくさん飲めるようになった。ぼくはぼくの使命をちゃんと果たせている。ぼくは誇らしかった。ここへ来たときは、まだ骨と皮みたいなお姉さんが、いつの間にかぽっちゃりとしてきたんだ。小さな声も少しずつ聞こえるようになってきた。本当にうれしかったよ、ぼく。
お茶を飲みながら、ぼくを買ってくれた人と、一緒に歌を歌っていたね。ぼくなんかが、聞いた事もないような、古い歌ばかりだった。「夕焼け小焼け」や、「故郷」に「からすの赤ちゃん」などだったね。お姉さんが好きという、「高校三年生」もよく歌っていたね。ぼくはそれらの歌詞を覚えちゃったよ。実はね、ぼくもね、たっぷんたっぷんしながらハミングしていたんだよ。
昨日からぼくは机の上に置かれっぱなしだ。
ぼくを買った人はぼくを見てもくれない。ぼくはお湯をいっぱい入れて、たっぷんたっぷんさせながら、姉さんに会いに行きたいんだよ。姉さんたちの、ちょっと調子っぱずれの歌を聞きたいんだ。
「ぼくここにいるよ」
小さなポットは、もう一度、そうつぶやいた。
お湯をいっぱい入れてよ。小さなポットはそのことだけ願った。お湯をいっぱい入れて欲しい・・・
小さなポットは、スーパーの鍋ややかんの売り場で、自分の使命を果たすべく、期待に胸を膨らませて待っていた。そのポットに一つの手が伸びて、小さなポットは取 り上げられた。外観や中を吟味されて、ちょっとくすぐったいような気がした。ぼくは胸を張った。ぼくはいつでもぼくの使命を果たせるよ。そうして小さなポットは、スーパーのかごの中に入れられた。
「小さなポット」について少し説明
私の姉は入院中、2004年2月24日未明に嘔吐した吐瀉物により、呼吸困難となって低酸素脳梗塞になりました。既に高次脳機能障害の上に更なる重度の脳梗塞です。嘔吐する前まではリハビリによって介護度も4から3まで下がっていました。間接的ですが看護士主任を通して、担当医がこれからもっとリハビリ効果が出てくると言っていたとのうれしい言葉を聞いていたばかりです。
姉が嘔吐して低酸素脳梗塞になった日の事は「生きるということ」の中に書いてあります。この頃の病院内は院内感染(ノロウィルス)が蔓延していました。どうやら姉もこれに感染していたようで、今回の嘔吐して低酸素脳梗塞を起こす1週間ほど前に、看護士より姉が嘔吐して大変だったという報告を受けていました。その時点では単純な嘔吐と思っていたものが、それがこんな結果になってしまうとは予想だにしていませんでした。その結果、姉は介護度も5ともっとも重くなり、何の意思表示も出来なくなってしまいました。院内で自分の足で歩けて両手も使える唯一の患者である姉が、院内でもっとも重度の患者となってしまったのです。その重度の患者を医療病棟から介護病棟へと移動させると言うので、私が今医療病棟から移動させても大丈夫かと聞いても、同じ病院だからと言って結局介護病棟に移動させられてしまいました。
それから約二週間、姉は2004年7月26日月曜日午前9時33分に、肺炎でしゃくりあげるように最後の一息を吸って旅立ちました。2004年は猛暑でした。その暑い夏は既に始まっていましたが、その時の朝方は雨が降っていました。生々しい雨でした。
「息詰まり 暑き日の朝 迎え雨」
「小さなポット」は、姉が低酸素脳梗塞を起こし危篤状態となったため、一時脳外科の専門病院へ転院して数日後、姉とお茶を呑むためにお湯を入れて運んでいたポットが、そのまま机の上に置いたままだったのを見て、急に寂しくてたまらず作文したものです。
このページを見ると切ないので、私はこのページはなるべく見ないようにしています。カラオケに夢中になるのも、余計なことを考えたくないからです。これは多分、一種の現実逃避でしょう。それはわかっています。悲しみからの現実逃避。でも、それが出来る自分はまだ良いのだともわかっています。今日は2004年10月20水曜日です。昨日今日と雨が降っています。静かです。
Cools
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