私の姉は介護度5で、終日全介護が必要な状態です。
これまで介護度4から3になり、そして今度介護度5の状態になったのは、本年2月末のある日の未明に嘔吐による呼吸困難に陥り、脳への酸素提供が滞って、低酸素脳梗塞となってしまったからです。低酸素脳梗塞とは脳に酸素がいかなくなって、その結果脳が酸欠になり脳細胞が死んでしまうことです。脳の血管が詰まったり破れたりしても同様の事が起きます。後者は一般的な脳梗塞といわれるものです。
リハビリ入院中の低酸素脳梗塞アクシデントが起きる前は、姉は一人で歩くことも出来ました。多少意思の疎通もでき話も出来る状態でした。童謡唱歌など歌を唄うことも弟の私と毎日のリハビリを兼ねた楽しみでした。ただこの時点でも、脳動脈瘤手術の後遺症で右脳に低酸素脳梗塞を起こしていました。そして新しいことが覚えられない前方記憶障害や空間認識が出来ないなど高次機能障害です。それらのリハビリと療養を兼ねての入院でした。早く言えば、姉には痴呆症と同じ症状がでているのです。
いや、痴呆症と同じ症状など甘い表現ではなく、姉の診断は高次機能障害による痴呆症になっています。介護保険の適用は姉はまだ若いので、年齢で介護保険の適用とはならないのですが、40歳から64歳までの人でも脳卒中や初老期痴呆などによって介護保険の適用が受けられるのです。この事は後から知ったことです。
それまで私は介護が必要な人は、誰でも介護保険の適用が受けられるのだと思っていたら実際にはそうではなく、65歳以上の年齢になっていているか、40歳から64歳では十五疾病(特定の病気による)によって介護保険の適用となるようである。
なので、寝たきりとなっている人でも、年齢病気によってこの介護保険の適用は受けられないのだそうだ。その例として、姉が医療病棟に入院している時に、ギランバレー症候群という病気の女性の方が入院してきました。
ギランバレー症候群とは、風邪などにかかったときの免疫反応で抗体が作られますが、それが何かの加減で自分自身を攻撃する「自己抗体」となってしまって、自己の運動神経を障害してしまい手足の筋肉の運動能力が落ちてしまうものだそうです。6割近くの方が回復傾向を見せ、3割が運動障害等の後遺症、1割の方が亡くなることがあるそうです。
私が私が見た感じでは、そのギランバレー後遺症の方もかなり介護度が高そうなので、てっきり介護保険を申請してあるものだと思っていました。姉が近い内に医療病棟から介護病棟に移床になる話をしていたところ、その相手の方が私の姉には介護保険の適用があると分かって驚いたのです。
私のほうもギランバレー後遺症の方に介護保険の適用が無くて、受け入れてくれる入院施設で苦労しているなどの話などを聞いて、病気の種類や年齢によって介護保険の適用受給資格が得られる得られないの違いがあることを知りました。たまたま当病院のソーシャルワーカーさんが来ましたので、この事を聞いてみたら年齢と15疾病によって適用があるのと、そうでない場合は適用がないとの事でした。
私の姉の場合は疾病がたまたま介護保険の適用となる疾病だったために、医療機関のソーシャルワーカーさんの勧めで介護保険の申請を早々に済ませて、既に何度かの保険適用の再審査を受けているのでした。その為介護度は最初の4から3に軽減されて、今回介護度は最も重い5となった経緯があるのです。
そんな介護保険ですが、その介護保険を使って姉は介護病棟に移床となりました。これまでの医療病棟から介護病棟に移るのは、1年もいた医療病棟を離れる・・・といっても3階から1階に移るだけですが・・・というお別れ気分もあって、なんとなく心寂しい気もしていたところです。
介護病棟への移床は7月13日でした。同じ病院でも、もう階段を上がって3階へ行くことなく、そのまま一階の介護病棟です。奥まった一つの病室に四床のベッドがあり、姉のベッド以外はどなたもかなり高齢の方で、ベッドの上でほとんど動くこともなく、食事は胃壁に管を通した胃カテーテルで流動食です。
姉は若いけど、胃カテーテルではなく経鼻カテーテルですが流動食なので、他の方と同じようなものです。姉の場合は胃がんの手術で胃の5分の3ほど切り取っているので、胃カテーテルの話が出たときに、胃に穴をあけるのはとこれはお断りしたものです。この病室では誰も食堂に行くこともない、静かな病室です。
そんな静かな病室で、私は一人姉に歌を唄ってやります。それほど小さい声では唄わないので、静かな病室もちょっぴりにぎやかにしていますが、それでも私一人がから空回りしているやっぱり静かな病室です。姉も聴いてくれているのかどうかも分かりませんが、声の振動やメロディは直接体に滲み込み何かを活性化させるのではないかとの淡い期待を持って唄っています。
その病室に入った時に、ある一人の患者さんが目を開けている時があるので、私はその方が眼を開けていれば必ずこんにちはと挨拶は毎日しています。私が挨拶をしても、その方から挨拶が返ってきたことはないのですが、今日初めてにっこりして挨拶を会釈で返してきました。
今まで私が挨拶をしても、何も分からないような顔をしていた方が、私の挨拶に対して会釈をして返したのです。こんな事がうれしいもんです。それでそのうれしさで、その方に話しかけて、一方的に幾つか古いを唄ってあげました。分かる歌はうれしそうに聴いていたと思います。
今度は姉のベッドの側で、姉の為に歌を唄います。姉のためとはいえ皆さんにも分かるように、古め歌謡曲や童謡唱歌などを中心に30分ほど歌っておりました。そうしましたら、姉のすぐ側のベッドのもう一人の方も、眼を丸くして私の歌を聞いているみたいでした。
そのとき看護婦さんもいらして、その患者さんに対して、あら歌を聞いているねえと言っていました。看護婦さんがいなくなって歌を唄っていて、時々私がその方と眼が合うのです。その方は歌は聞いていても、どうやら理解力は会釈をしてくれた人よりないのが分かります。理解力でいえば私の姉も似たりよったりです。
歌を唄ってその方と眼が合うと、私は不意に涙がぼろぼろこぼれて仕方ありません。これは私の極個人的な失礼な思いかもしれませんが、人はこうやって壊れて行っちゃうんだ。そんな思いで胸が詰まるのです。まだこの病室に移って一週間は経っていませんが、それでも他の患者さんのお見舞いに来た人には誰にも会った事がありません。そして今日は日曜日です。
この病院に入院している人は、どなたも回復するような病気ではありません。たとえ多少の機能回復は出来ても、老いと言う最後の敵と、どんなことをしても勝てる事のない戦いをしているのです。もちろんこの老いは、誰しも勝つことはできません。老いは動物としての極自然な摂理です。
老いは動物として極自然な摂理であっても、その様を色々に否応無しに見ている自分は、かれこれもう2年近くになります。今入院している姉にはこの状態が死ぬまで続きます。これと同じことが、遅かれ早かれ誰にもやってきます。ベッドにいる時間が長いか短いかは別として、当然それは私にもやってきます。
私の歌を大きく眼を開いて聴いてくれている、姉の横のベッドの方の眼を見るたびに、こんなことが一度に頭の中に漠然と湧き上がり涙が落ちるのです。目を合わさないようにして唄っていても、また抗し切れない何かによって眼が合っちゃう。眼が合えば、涙声の歌になっちゃって、涙がぽろり。この作文をしてたって、涙がぽろりぽろり。
こんなことではいけない。明日からはにっこり笑って、少しばかり幼稚な私のセンチリズムを、ぎゅっと押さえ込むことにしよう。
Cools
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