ああ
2004/07/22

 生きることに何の意味があろうか

 生きること自体に意味があるのか
 生きるとはなんだろう
 そもそも人は自分の生というものを感じて生きている。
 それも若いほど、
  強く生というものを感じて生きているはずなのだ
 
 つまり、若年者ほど死を恐れる
 命に溢れた若年者ほど,
 死と隣り合わせて生きている者はないだろう
 若年者は死を恐れるが、
 それでも死はあまりにも模糊として捉えどころがない
 それでも生は、一抹の、
 生きることへの漠たる不安を宿している

 物心ついた頃から、
 漠然と生に付いて考え始めるようになり、
 生の終わりを恐れるようになる
 それがいつの間にか、生きている事が当たり前になる
 生きるために生きるようになっちゃう
 
 人だけがこの生きることを考えるのだろうか
 動物は己の生を考えないのだろうか
 動物は本能だけで生きているのだろうか
 カブト虫はどうだろうか
 カフカは何を考えていたのだろうか

 生きることに何の意味があるのだろうか
 生きることに意味などないのかも知れない
 あるとすれば、
 ただ生きるだけが生きる意味なのかもしれない
 それなのに、ああ、なぜ生きることを考えるのだろう

 太古の昔に、命のない大洋の波濤の中で、
 自己増殖するタンパク質コアセルベートは生まれた。
 何のために、コアセルベートは生まれたのだろうか
 生まれたことは生きるために生まれたのだ
 
 コアセルベートの生に対する深き悩み
 コアセルベートの心無き溜め息
 コアセルベートの深遠な思考
 コアセルベートの生命力

 生きることに何の意味があろうか
 ただ生きていくことに、意味などありはしない
 生きているから生きていくのみだ
 それが生きる意味というのなら、寝るが良い

 眼が醒める
 それは生きている証拠
 明日も眼が醒めるかどうか
 それは誰にも、神にさえ分からないことだ

 そんなおぼつかないものが生きるということだ
 そんなおぼつかない生きることを考える
 そんなお前は生きているのか、
 死んでいるのかさえも分かっていない
 どうやら呼吸はしていそうだ

 息が止まった
 明日になっても眼は開かない
 だから生きていないのか
 それは死んだことなのか

 じゃあ、今の俺はなんなんだ
 こうやって、文字をタイプしている
 息もしているみたいだ
 だからといって生きているといえるのか

 頭で考えているから、生きているのか
 イヤ頭が考えているのではないかもしれない
 タイプを打つ手が勝手に動いているだけだ
 それを生きているといえるのか

 ああ、命よ
 ああ、生よ
 ああ、わが呼吸よ
 ああ、わが命を繋ぐ息よ

 命よ、ああ
 生よ、ああ
 わが呼吸よ、ああ
 わが命を繋ぐ息よ、ああ

 わが命は、わが命ならず
 わが生は、わが生ならず
 わが呼吸は、わが呼吸ならず
 わが命を繋ぐ息は、わが息ならず
 
 万物は流転をたどり
 流転は流転をたどり
 流転の流転は流転ならずや
 流転の終末は流転する

 日は翳る
 日は暗む
 日は落ちる
 日は没す

 ああ、二度と昇らぬ日は、ああ
 ああ、無きがごとき無きをわれ思う、ああ 
 ああ、白き安き
 ああ、心無きわが溜め息よ

Cools