10月に入って4日目。その内、後半2日は雨。秋霖という奴だろうか。明日5日も雨らしいし。雨は嫌いじゃないけど好きでもないんだ。
私の田舎時代は家に傘がなかった。いや無かったか一、二本ぐらいしか無かったのだろう。5人家族で一、二本じゃ傘はないに等しいかも。
傘がないので、雨の日は出かけるという事がほとんど無かった。今思い出しても、雨の日のお出かけの記憶は全くない。もち、その頃自家用車はないよ。自家用車なんて普及しだしたのは後30年以上も後の話だ。
家にあった傘は油紙を貼った番傘。番傘は竹で出来た骨組みに油紙を貼ったものです。柄も梁も全て竹でできていて、がっちりしているけどその分重い。その頃こうもり傘なんて持っている家も少なかった。
もっとも私の住んでいたところは大田舎なので、都会や街中ならこうもり傘もあったのかもしれない。私にとって傘といえば番傘が子どもの頃のイメージだ。その傘も不足していたのだから、雨の日は出かけないで室内で何かをして遊んでいたのだろう。
それがいつの間にか東京で生活するようになっても、相変わらず傘欠乏の生活をしている。バブル期以降は傘はどんどん安くなって、千円も出せば立派なメイドイン・チャイナの傘が買えるけど、高度成長期時代半ばは、傘だって千円以上していたんだ。その頃と千円と今の千円はじゃお金の価値が違う。
そんなわけで私には傘が何本もある生活はなかった。だからその後もずっと傘欠乏症の生活だ。だから雨の日は出かけない。傘も持たずに雨に濡れると、決まって風邪を引く人間に私はなっていた。
傘を差さないで10メートル程度歩いても、雨に濡れると時として風邪を引いてしまう。だから雨の日は家に閉じこもってTVを見たり本を読んだりして過ごしていた。だって傘を差していたって雨に濡れることも多い。雨に濡れると私は実際に風邪を引いてしまう事が多いのだ。風邪を引くと私はすぐに熱が出る。だから、雨の日は出かけないに越したことがない。
そんな私が10年ほど前に知り合った女性に、僕は雨に濡れると風邪を引くからと言ったところ、それってそういう思い込みで本当に風邪を引いちゃうんじゃないのって言われた。ショックだった。
そうだよな。そういえば風呂に入ったって濡れるわけだから。でも風呂に入るたびに風邪を引くわけじゃない。もっとも風呂で体が濡れるのと、冷たい雨に衣服が濡れて体が冷えるのじゃ違うけど。確かに病は気からって言うよな。
それ以来私は雨に濡れても風邪を引く事が少なくなってきた。しかし別のことで、雨の日はやっぱり風邪を引く事が多い。だから秋から春にかけては、市販の風邪薬が手放せない。風邪薬かバファリンを服用して、寝る時に氷枕をして風邪を押さえ込んでいた。
今でも私は風邪を引くとすぐ熱が出る。平均体温よりちょっと温度が上がるだけで体がだるくなり、関節が痛くなるタイプだ。氷枕はいつでも使えるようにと、ダンロップのゴム製氷枕に水を入れてそれを冷凍庫で凍らせている。これをバスタオルに包んで頭に当てる。頭に当たる部分はタオル地一枚だけになるようにしておく。
こんな風にして寝れば、冷凍庫で凍らせた氷枕が朝方はほとんど溶けている。これでも足りない時はさらにタオルを氷水で湿らせたものを額に載せる。そして水分を多く取る。大体これで風邪で寝込むことはなく2年間過ごしてきた。
私の姉が2年間闘病していたので、私は姉の入院先に毎日自転車で4-50分の道のりを通っていたのだ。いつ雨が降っても良いようにかっぱも傘も用意して通った。着替えも必ず持ってでる。なぜなら自転車を4-50分も漕げば必ず汗をかくからだ。汗をかいた服を着たままにしておくと体が冷えてしまう。
雨に濡れないためにかっぱを着ると、自転車を漕いでいるので体の体温が上がって体から出てくる水蒸気が、かっぱの外が雨に濡れて冷えているので、その水蒸気が冷やされて水分となって衣服を濡らし、結局その濡れた衣服で体の温度を下げてしまうのだ。かっぱを着ていて雨は防いでいるが、体から出る水分で体は濡れてしまうのだ。
だからかっぱを着ていても、風邪を引きやすくなってしまう。風邪を引いたからと言って、姉の元に行く事は休めない。いや休めなくはないけど、私が行かずにおれないのだ。姉は高次脳機能障害となっているので、自分から何をして欲しいと訴えることをしないのだ。ほっておく事が出来ないのだ。
病院へ行って姉の手を取って院内外を散歩したり、少しでもリハビリになるように本を読ませたり文字を書かせたり、笛を吹かしたり、ゲームをしたり、お茶を入れさせたりをしていたのだ。これらの事はリハビリでも行っているが、私の姉は自発性が著しく欠如しているので、病室に戻ったら横にさせられたら横になりっぱなし。椅子に座らされたら座らせっぱなしになってしまうのだ。
姉のように自発行動がとれない者は、横になったら横になりっぱなし。座らされたら同じ場所で座りっぱなしになってしまう。といっても病院なので、必要なことは行っていてくれるので、その事を非難しているのではない。一人の患者に24時間張り付いて、小まめに面倒を見るような病院も施設もありはしないのだ。
昔のように個人で家政婦さんみたいな人を雇って、入院先の病院で介助看護にあったてもらえればよいのだけど、今は身内のお見舞いという形でしかそういった事は出来ない。ありがたい国の完全医療看護の制度が出来たお陰で(嫌味です)。姉のような患者は、手のかからないただのお飾り客様患者だ。それが結果的には姉の死さえ招いた。
手をひっぱてやれば歩ける姉を、寝たきりや座らせっぱなしにして置くわけには行かない。そんな状態の姉をほって置けるはずもなく、姉の手を引いて院内外を散歩させるために、私は姉の入院先の病院へ2年間毎日通った。通うのに盆も暮れも正月もない。雨も雪も、槍が降っても関係ない。ただひたすら通った。よんどころない時以外は4-50分の道のりを、自転車で通った。
姉のところに通うためには、私が病気をするわけにはいかない。晩秋になれば早々にインフルエンザワクチン接種した。インフルエンザ以外のいわゆる一般の風邪を引いたかなと思うと、市販薬を飲み、寝るときに氷枕を当てて、この2年間は何とか寝込むような風邪を押さえ込んできた。
雨に濡れて風邪を引くという思い込みをなくしてからは、雨に濡れても簡単に風邪は引かなくなった。が、ここ2年間はそれでも、より風邪を引いて寝込むことがないように、私は自分の健康に注意して過ごしてきた。姉のために無茶は出来ない。それだけの想いだった。
もっと長い年月を私と同じように健康に注意して過ごしてきた。あるいは今現在もそのように気をつけている人も多くいるだろう。そういう人は風邪なんぞを引いて、何らかの遂行事項に穴を空けれない人なんだ。その為に自分と戦っている人たちだ。そういった人から比べれば、私の戦いなんて。、なんとたわいない程度の戦いだろう。
でもその戦いは張り合いがあった。また楽しくもあった。とは言え、何日も続く雨の中の往復は、やはり気がめいることも多くある。私は河川敷の土手を通って姉の病院まで往復していたので、雨が降っている夕闇迫る病院からの帰りは、雨の河川敷の土手は人もほとんどいないので、大声で、調子っぱずれの歌を唄いながら帰ってきた。そうでもしないと気力が萎えてしまう。
昨日、今日と、雨が降っている
雨が降っても、かっぱを着なくて良い
雨の中、自転車に乗らなくても良い
濡れることもない
・・・でも、
胸の中に降る雨は止む事がない
濡れて濡れてずぶ濡れになる
今日は熱も出るだろう
氷枕も濡れるだろう
雨が、雨が、あめが・・・ふるよ
Cools
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