話すこととは、何でしょうか。
人は誰しも、他者に対して、自分の考えをいかに伝えるかを思いあぐねています。人に自分の考えを、あたかも何らかの形(かたち)あるものとして、手渡す事が出来たら、とても便利だと思いませんか。皆さんはどう思いますか。
実はそんな風にして自分の考えを手渡すことは、日常的に行われています。各種文書や手紙などがそういったものにあたります。手紙と言えば、今は、手紙よりもメールというやつですね。携帯電話だって、「もしもし」なんて話をするより、ピッピッと、メール作成をしている人達を、街中に多く見かけるようになりました。
各家庭に電話機が普及して、いつの間にか手紙を出すという習慣が薄れてしまいました。その電話機が進化して携帯電話になったら、今度は携帯電話で話をするよりもメール交換で考えを伝えあっています。このメールも自分の考えを手渡す行為になります。
固定電話の普及で手紙を書く事がほとんど無くなり、簡単に電話で済ませるようになりました。そして固定電話が進化して携帯電話になったら、今度は携帯電話で直接話しをせずに、お互いメールを送りあっています。固定電話が手紙を書く習慣を薄くし、今度は携帯電話がメールと言う形で文書を作成する行為が普及しました。厳密には固定電話と携帯電話は別物ですが、片や文書作成を弱め、片や文書作成を強めるなんて、面白いと思いませんか。
携帯電話なのに直接話をせずになぜメールをするのでしょうか。これには大きく分けて三つの理由があると思います。一つ目はメールであれば都合のよい時に見て、都合のよい時に返信すれば良いので話すより気楽なことです。二つは目はメールなら考えをゆっくりまとめることができます。三つ目は直接話すことは、お互いに声から相手の気分や感情を感じることになります。人間関係の希薄な現代では、そういった生の感情の伝達がなんとなく煩わしいからではないでしょうか。
この三つの理由が携帯電話なのに直接話をしないで、メールで済ませてしまうのだと思います。いや、メールが悪いと言っているのではありません。実は私もこのメールを多用しています。でもその結果がお互い顔を会わせても、メール交換なら素直に思った事も伝えられたのに、会ったらたいした話も出来なかったなんて事にもなりかねません。でも、メールでしか意思疎通がうまく行かないなんて不自然ですよね。
直接生の感情の伝達はなるべく避けながらも、メールという形で人との関係を求める。メールの関係とはいえ、メールを出したらすぐにメールが返ってくる強い関係を求めています。先にあげた携帯電話でメールをする理由の二つ目の、都合のよいときにメールを見て、都合のよいときにメールを出すと言いましたが、実際は都合のよい時というより、電話で話すのと同じような感覚で頻繁なメール交換になります。
それと実は、携帯電話では直接話すよりメールの方が料金が遙かに安いと言う事情もあるでしょう。それでも、人が人と会って話をすることは人生において必要不可欠の事柄です。一対一で話す。一体多と話す。スピーチをする。こういったことは人生の中で必要不可欠です。人に話をして聞いてもらいたいと言う欲求は誰だって持っている、人としての本能だろうと思います。
話すだけでなく人の話を聞く事も又話をしていることです。話って一方的にべらべら喋っても、それは独り言でしかありません。ちゃんと聴いてくれる人がいてこそ初めて話と言えるわけです。ですから聴くことも話すことに含まれます。話すとことは自分を相手に見せることでもあります。話すことによって自分のそのときの考えなどを伝え、体の動かし方・目線の動きや息遣いなどを見せることです。
話すこととは突き詰めれば自分を魅せることです。それなら自分の話を少しでも聴いてもらえるように、自分自身を魅力的に磨くしかないのです。いろいろな経験をし、そういった経験を文章にまとめてみる。さらにその文章を口に出して読んでみる。口に出して読んでみれば、文語体と口語体の違いもわかってきます。その時々に併せて顔の表情だって変化させるぐらいの芸当が必要です。それが自分を魅せることになると思います。
人前で話すのと雑談は違います。いや雑談だって甘く考えて口を動かすのでは本当はいけないのです。相手の話を自分の考えでちゃんと噛み砕いて理解した上で、それをわかりやすい言葉で伝える工夫をしなければならないのです。それには多くの知識が必要です。その知識のためには、できれば多くの実体験を積むことですが、それはそういったチャンスと時間の必要なことですので、その替わりにたくさん本を読むのもよいことです。
自分を人前に魅せる。それは大変なことです。でも人は一人で生きているのではありませんし一人では生きていける動物ではありません。どんな孤独を求める人でも、何らかの社会生活をせずに生きられる人はいません。それならばひとつ、自分からその社会生活を積極的に受け入れる努力をしてみてはどうでしょうか。自分を魅せるための努力をしてみてはいかがでしょうか。
えっ、そんなの面倒だって。だから、携帯でメール交換程度で、いいですか。そのメール交換だって社会生活として他の誰かと関係があるってことです。つまり社会生活を求め実践しているのです。もう少し足を出すだけで違った世界が見えるかもしれませんよ。その為にも話すことを積極的に行ってみましょう。人の話しを聴きに行く、それだって聴くことは話すことの第一歩です。
Cools
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