気になるひと
2005/01/02

 私は今非常に気になるひと(女)がいる。なんだかその女のことが気になって仕方がない。

 私は音痴なので歌は嫌いではないが歌を唄うなんてことはしたことがなかった。だいいち学校で音楽の時間残され授業をやらされたほどなので音楽というものは好きじゃない。いや音楽は好きだけど音楽の授業なんてものは好きじゃない。

 ひとりで流行歌を口ずさむことはあってもひと前で歌うことはない。それはなんとなく自分が音痴であるということが分かっているからだ。学校の授業などでコーラスのときに音がずれたりしていることが分かるので自分は音痴なんだと理解できるのである。

 歌はうまくなくても普通に唄えるのが平均的な唱歌能力のようだ。その平均唱歌能力より低い私は、カラオケにも興味はなくはないが、そんなことをして時間をすごすひと種を信じられない面があった。いろいろな趣味を持っていたので、そういったことをする時間もなかったのかもしれない。

 知ひとと酒を飲む機会があってもどういうわけか私の周りには歌を唄うようなひとは一ひととしていなかった。なのでスナックなど行ってもカラオケがうるさくて煩わしかった。いい歳をこいて学芸会の発表会じゃあるまいになんて思うだけであった。私たちは話がしたくて集まって飲んでいるのでカラオケなんていらないのだ。

 そんな私が2004年4月ころからめっきりカラオケが好きになった。カラオケが好きなんじゃなくて唄うことが好きになったのだけど。今じゃ朝から寝るまで唄っていたってよいほど歌を唄うことが好きだ。自分の唄った歌をテープに録音してその歌をさらに聴いてみるのも好きだ。

 最初のころ自分の歌を録音して聞いていても、そのあまりのひどさに一ひとでいても恥ずかしくて思わずボリュームを下げてしまうほどひどいんだ。それでもそんなことにも慣れてくるとカラオケマイクなどをパソコンにつないでインターネットカラオケをはじめて歌の練習をするようになった。

 歌を唄いだすと下手でも自分の歌を聞いてくれるひとがほしくなるのがひととしてのナルシズムの現れでしょうか。そうすると今までは知っている店でさえひとりで飲みに行くなんて事をしたこともなかったのに、ひとりでスナックへも行くようになりそこで歌を唄ったりするようになりました。

 カラオケに興味を持ち出した最初のころはスナックで歌を唄っているひとのほとんどのひとが歌がうまいなあと思えていたのです。それが耳が肥えてくるとまあそこそこなんじゃない程度のひとがほとんどです。中には唄い方のうまいひとはいますが、それでも上手ですねという程度でしょうか。

 私はカラオケで唄うといっても伴奏は聞こえているのですが、自分の中にあるその曲目の伴奏に合わせて文字の流れを追ってなんとか唄っているだけなのです。自分が唄いだすとカラオケの伴奏なんてほとんど耳に入ってきません。ましてボーカル部分の音を伴奏から拾い出してそれに合わせるなんてことはできませんでした。

 それがあるとき伴奏自身が歌を唄っていることに気がつきました。ここはこんな音だよ。ここはこれぐらい伸ばすんだよ。ここで息をつくんだよと伴奏が歌を教えてくれるのです。今までそんな音はまったくといって聞こえていませんでした。

 音痴と音痴でないその差は耳にあるんだと思っています。音痴であろうとなかろうと伴奏から流れる音を耳はすべて拾っています。伴奏の中の音を頭の中で仕分けして、ボーカル部分の音を拾い出すことができるかどうかが音痴と音痴でないひとの差なんだと思います。頭はボーカル部分の音を拾い出しそのボーカル音を認識し、なおかつ自分の唄っている声でその認識したボーカル音が聴き取れなくならないようにしつつキープし、体からそのボーカル音を出して唄えばよいのです。

 音痴なりに耳がよくなれば歌がうまくなるはずと思っていました。その時がいつなのかは分かりませんが私にその時が訪れたのはカラオケを始めてから8ヶ月も経ってからです。急に伴奏のボーカル音が聞こえ出したのです。それでやっと伴奏に併せるような感じに歌が唄えるようになってきました。

 ボーカル音が拾えるようになったからといって歌がうまいかどうかはまた別です。耳がよくなったのと同じく声楽的な技術も必要ですし、歌詞と歌詞のシーンの再現性といった演技力も必要です。これらを総合してしかも押さえ気味にコントロールしながら唄って行くの究極の唄い方です。

 私はカラオケが好きで好きでたまらなくなっています。私は元来なんでものめりこんでしまうので、ひとつのことを自分が得心が行くまでのめりこみます。これは自分の得心なのでそのレベルはひとと比較するものではなくて自分にとっての絶対比較をして計ればそれはのめりこんでいるのです。
 
 スナックでひと前で何とかカラオケを唄うことができるぐらいの勇気もついてきました。これはなれとはいえ、かなり自分を奮い立たせないとできません。まして私なんて酔った勢いでなんて酔いのふんどしを借りられるほど理性は弱くないです。少々酔ったぐらいじゃ酔った勢いも生まれません。なのでどこのスナックへ行っても最初の歌いだしはどうしても声が上ずったりして音程も狂いやすいものです。何曲か歌うとそういったことも収まってきます。

 あるスナックへ行きました。そこは女性客も多い店です。皆さんそれぞれにカラオケで唄っていました。そこに歌のうまい女性が二人いました。一人の方は訓練された歌の唄い方で唄う時の身振りにも見せ方を知っている唄い方をしています。社交性もあって酒の飲み方も上手です。もう一人の方もなんだか歌がとてもうまいのです。なんというのか歌声の中にメロディーが入っているような歌声なんです。

 歌がうまい。カラオケ下手の横好きおじさんとしてはそれだけでそういった人達を好きになっちゃいます。かっこつけた男の歌よりも私は女性の歌のほうが好きなんです。私は男性の声よりも女性の声のほうが表現力が豊かだと思っているのです。話し方にしてもそう思います。細かい声の表現力は女性特有のものじゃないかと思います。単にこれは私が男性だからそう思うのかもしれません。女性の方は逆に男性の声にそんな思いがあるのかもしれません。

 私が思う歌のうまいそのひと(女)は50歳前後でしょうか。でも多分私より年上のようです。そして東北の方のようです。どこかに陰があります。ちょっと目の色もどんよりしています。なんとなく屈折した感じもあります。これらはその店のママともう一人の歌もその表現力のうまい人と後に話してみれば、お互いそんな風に思って心配していたというのですから、そのときに状態は私が感じたことは違いないと思います。

 始めてそのスナックへ行ったときから歌のうまい二人の女性がいるのでうれしくなりました。すぐその方たちと顔見知りになりました。もう一人歌もうまく唄い方に表現力もある方はこのスナックの古いお客さんのようですが、東北の方と思しき歌のうまいひとは私と同じころこの店に来るようになったそうです。後に聞いた話ではそのときにからもう泣いたそうです。

 私がそのスナックに行きだしたのは私が姉を喪ってからです。実はそのスナックのママとは知らない中じゃなかったので私の姉が亡くなったことを伝えるのと、私はカラオケが好きになったのでこのスナックでもカラオケの練習をしてどこでも唄が歌えるように度胸もつけたいと思っていたところだったのです。このスナックへは私は毎週土曜日だけ通うことにしました。近くのスナックにも週一回は行っているので、毎週土曜日に通うだけでも、週二回のスナック行きになりますので、ぷー太郎(無職)に近い私としては金銭的な出費も苦慮しなければなりません。

 姉が病に倒れてからの二年間、いつの間にか姉のためにできることをしてあげるのが私の生きがいのようになっていました。その姉を喪って私はすることの目的も失ってしまいました。毎日病院へ通っていた関係で、午後になれば気が落ち着かなくなり自転車に乗ってうろうろと出かけだしたりしてしまいます。それでもカラオケを唄っているときだけは何も考えなくてすむのです。それで余計にカラオケにのめりこみました。そんなときに歌のうまいひとを見たのです。

 歌はうまいけど影を引きずっているというのか、うつろな雰囲気というのか目のすわりが悪いというのか屈折しているというのか、私はそのひとのことが気になって仕方ありません。歌がうまいのでそれだけで私の尊敬対象にもなっています。それに精神的不安定なそのを見て何かしてあげたいという気持ちがあります。それは姉を喪ったことによる私の代償行為的な面もあると思います。事実そのひとはそのころ精神的に不安定な状態だったようでスナックでも時々泣いていることがありました。何があったのでしょうか。以前に離婚しているのは聞いていたので、それとは別に最近に男とでも別れたのでしょうか。

 飲み屋での客としての男と女の関係って、友達になるにしても世の中の物語みたいにそう簡単に話は進んで行きゃあしません。話をしていても身持ちも固い人なのでその点では私も気楽でした。そのひとがそのスナックに来ていて逢えるのが愉しみでそのスナックには毎週土曜日3ヶ月ほど通い続けていました。どういうわけかそのひともほとんど毎週土曜日に来ていました。ひょっとしたら友達になれるかなと思い私はそのひとに名刺を渡しておきました。

 ある晩の真夜中携帯電話がなりました。私が気になる女からの電話でした。酔っています。そんなことが二回ばかりありました。でも、そのひとの電話番号は非通知なのでこちらから電話することはできません。それで電話番号を教えてくれというと「嫌だ」というのです。私の電話番号を知りたいなら店のママに聞けというのです。

 店のママに聞くのなら簡単です。私がそんなこと程度頼んで教えてくれない人じゃありません。すぐに教えてくれました。それで二度も電話があったので、私はたぶんその気になるひとは私に少しは関心があるのだろうと思って、最初の半月ぐらいは気合を入れて何度も電話をしました。

 実は私は電話がかかってくる分にはなんでもないのですが、電話をかけることに対しては普通以上に勇気がいる人間なんです。最初のころの電話をかけても飲みにでも行きましょうとさっそってもそっけない話ばかりでした。それでも何度かあきらめずに電話をかけました。その間スナックで毎週土曜日にはお互い客同士として会っていました。

 何度電話してもめんどくさそうに話をするので、もう電話をするのを止めようと決意し、そのひとの電話番号のメモリを削除しました。もともと変な下心があって誘っていたわけでもないし歌がうまいので友達になってスナックでする以上の話でもできればと思っていたのです。それと落ち込んでいるようだったのでそんなことをきっかけに元気になる糸口にでもなればと思ったのです。ですから今後はスナックであってお話をする程度の飲み友達でよいと思ったからです。

 昨年(2004年)10月ごろのことでしょうか深夜に携帯電話が鳴りました。私が気になるひとが今カラオケボックスいるというのです。酔っています。すぐ行くからといって私はタクシーを飛ばしてカラオケボックスに行きました。それから朝の5時まで二人でカラオケを唄って飲んで分かれました。そんなことを何度か繰り返しているうちにいつの間にか気になるひとからのほうからの電話が多くなりました。それでこちらからも電話をすると、相変わらずつれなくも「はいはい」だけで終わりの電話になります。

 そんなことがあって昨年の年の暮れそのスナックで飲んだあと、店に残った客同士でカラオケボックスへ流れ込みました。気になるひとも当然、歌の演技力もあって上手な人ともう一人なかなか達者な夜遊びお姉さん(かなり年配)と私と店のママの五人です。女四人に男私一人です。

 気になるひとは大してお酒を飲んでもないのにもう酔っ払ってテーブルに顔つけて寝ている。いや正確には泣いてたようです。そのときはママは店の片付けもあってまだ来てなかったのです。それで歌の演技力もある歌の上手な人とその気になるひとのことについて話を少ししました。その人ももやっぱり私が気になるひとのことが気になっていたそうです。

 私は店のママにはこの女の事が気になるんだということは伝えてあります。なんか寂しそうで陰があるし、私も姉を亡くしたばかりなのでそのせいもあって余計気になると。歌の演技力もある歌の上手な人とそのことで話をしました。その話で最近やっと目の色もしっかりしてきてよかったとお互い感じていたことが分かりました。私の気になるその女はなかなか自分の心を見せないのです。歌の演技力もある歌の上手な人と同じく感じたように私もその女の目の色も落ち着いてきたので私も安心しました。

 それでも私から電話をすると「はい、はい」とめんどくさそうなんです。その女も元気になったみたいだしこれ以上の友達としての進展も期待できそうにないし、この辺でスナックで会うだけの飲み友達でいいかなあって思ってもう自分から電話をするのは止めようとしていたところ、大晦日の雪が降っている中をタクシーが拾えないので歩いて知人宅にお節を持っていくから、おまえのも作ってやったから知人宅へ歩いて行く道筋まで受け取りにこいとの電話です。

 年の暮れ大晦日に降る雪なんて私の記憶にはほとんどない。午前11時ごろから降り出した雪は午後3時過ぎには10cmほど積もっていた。私は雪の中を早足で歩いてその人が通ってくるというルートに向かって歩いていった。角を曲がると積もった雪の中を気になるひとは私のほうに向かって歩いてくる。私に見つけたからといってもうれしそうな顔ひとつするわけじゃない。どちらかというと面倒というような顔をする。

 それでも俺は知っている。このひとは俺に惚れかかっているけど、俺みたいな人間は全く好みじゃないことを。俺も知っている。俺はこのひとが気になるし屈折した心も大好きだけど、俺はこのひとに惚れちゃいないだろうと。好きと惚れるどっちがどう違うか分からないけど、気になる女は女性ではあっても私に異性としての感情はほとんど無いのだ。なんだか降る雪は霙っぽくなってきました。

Cools