雪かき
2004/12/31

 大晦日。
 午前十一時時ごろからふわふわと雪が降ってきた。
 午後三時ごろにはその雪が10cmほど積もっていた。

 電話が鳴った。
 ある女(ひと)からの電話だ。

 そのある女はこれから知人におせち料理を届けるのだけど、タクシーを呼ぼうとしたがタクシーは雪のため二時間待ちだというので歩いて知人宅まで行くのだという。知人宅までおせちを届けるついでに、おまえのおせちも持って行ってやるから受け取りに出てこいというのが電話の内容だ。

 ある女の知人宅というのは、どうやら私のところから歩いて10分程度の場所らしい。でもその女の住まいらしきところ…居宅を教えたがらないので私もあえて知ろうとしない…あたりから歩いてくると4−50分はかかる距離だろう。まして雪の日だ。私はすぐに上着をはおって長靴を履いて傘を差し雪の中へ出て行った。その人が歩いてくるルートのどこかで待ち合わせることになる。

 雪はすでに10センチ以上も積もっている。日中降ってくる雪として八王子で降る雪にしてはさらさらとした雪だ。数日前からよく冷え込んでいるからだろう。この辺で降る雪は大抵はべちゃべちゃした水っけの多い雪なので降りながら地面で溶けるような雪だ。そんな雪でも一日降り続けば未明にかけて冷え込んで積もることがある。さらさらしたまるで雪国みたいな中を私は傘を差して歩いてゆく。

 20分ほども歩いたろうか角を曲がると向こうに小さく人が二人ばかり見えた。より後ろにいる人がその人である。その女は雪の中でより小さく見えた。私はその女に向かって歩を早める。その女の目の前に立った。その女は私を見てもうれしそうな顔のひとつもしない。その女は右手に持った袋のひとつを私によこした。

 私は知人宅のおせちの袋をも受け取って持ってやった。ずっしりと重い。こんな重いものを持って歩いてきたんだ。私はその女の知人宅の家を知らない。そんなことはどうでもとその女は一目散に雪の中をただ歩いていく。私はその人の後ろをついていくしかなかった。時々少しばかりの話をする。

 静かな雪の中をこんな風にして女の後をついて歩くと、なんだか女に引かれて現世(この世)から別の世界に逃げて行(ゆ)く二人のような気分がしてくる。でもそんなことは現実にはならない。雪は少し水っぽくなってきたようだ。白い紗がかかったような世界にさくさくと雪の中を歩く音がするだけだ。

 家に戻ると隣のスナックのママが塵取りで雪かきをしている。私も一時ごろ一度雪かきをしたのだけど雪は降り続いてもう一度の雪かきが必要になっていた。隣のママと話をしながら二人でそれぞれに雪かきをした。こちら側は北側になるので雪かきをしないとなかなか残り雪が溶けてくれないのだ。

 雪かきを始めるとどこまで雪をかいてよいのかの区切りが難しい。私のパソコン教室のあるこの建物は一応存命中は兄の会社のものだったので、今は義姉のものだがそれでも義弟の私としてはそれぞれの店舗の前ぐらいの雪をかかなきゃいけないのかななんて思いもある。

 それに私は雪かきが嫌いじゃない。寒いのは嫌いだけど雪は嫌いじゃないんだ。夜半にかけて雪が降り出すとなんとなく興奮してお茶とお菓子で夜更かしをし、何度も何度も雪の積もり具合を窓から眺めるのが好きだった。雪によって日常見慣れた景色が変わってゆくのがとても神秘的だった。子供のころ目が覚めて現れる銀世界にもうっとりとしたものだ。

 大人になるにつれて雪が降ることがその後の日常生活に影響を与えるので、雪が降ることに対してなんとなく厄介な気持ちを持つようになってきたが、それでも私は通勤して努めるような仕事をしてないので、雪の日にでも時間を気にしながら会社に行かなければならないなんて気苦労はなかったので今でも雪が降ってくるとそれだけで体の中の血が少しだけ興奮するみたいだ。

 雪が降ると音は消える。街は静かになる。色のない世界が生まれる。雪の中に自分だけだという精神が浮き上がってくる。それを確かめるために深夜でも雪がどれぐらい降っているか確かめたくなる。深夜に程よく積もった雪のころあいを見て雪かきをするのが嫌いじゃない。それでもその雪かきをするのも50を過ぎたころからちょっと面倒になり、申し訳ないなあと思いながらも自分の教室の前だけで終わらせることが多くなってきた。

 隣のママは自分の店の前の雪かきを終えて、2日から営業するから来てねといって帰っていった。私はそれから一時間ほどかけて数件分の雪かきをした。大晦日に雪が降る記憶なんてほとんどないし、その雪がこんなに積もったんだなあなんて思いながら。

Cools