1月4日
2005/01/04

 目が覚めたら12時半だった。
 外は日中の明るさだ。
 ということは昼の12時半なのか。現在の時間を理解するのに時間がかかってしまった。頭も体も朦朧としている。

 私は友達がいないのだ。今後も友達というものができるかどうかわからない。私にとってこの世にいる私を含めた兄弟姉妹4人がいればそれで十分だったので、他の人に合わせて生きるような行動をするのができない。それなら一人で何でもやってしまう。一人でできないことはそれはしない。自分だけという縄張り意識の強い一匹狼タイプなのだ。一匹狼というほど外見も生き様も格好よくないので、私はさしずめ一匹野良犬程度か。

 どんな風に野良犬かというと私の趣味の植物栽培にしても、植え替えをしているときに通りすがりの人に何か聞かれても、これだけ同じような植物がこれだけの鉢数があるんだ。少しは、ここは普通とは違うなぐらいの感覚を持って、何でもかんでも話しかけて植え替えの邪魔するんじゃない。なんてことを平気で言っていた人間だ。良く言えば孤高、悪く言えば確実に変人だ。今思うとこれひどいね。

 私たち兄弟姉妹4人は団塊の世代だ。私はその末っ子だ。この団塊の世代は戦後の現代史を理解して生きてきている年代だ。どういうことかというとラジオも各家庭にあるかないかの時代から家電に埋まる生活への段階を歩いてきた年代なのだ。生まれたときからテレビがあったり、しかもそのテレビがカラーテレビだったりした世代とは明らかに一線を画している。

 そんな私の兄弟姉妹も50代に入り、人生の豊穣期を迎えるときに真ん中の兄と姉の二人が続けざまに亡くなってしまった。歳をとったなあと思いながらもまだ人生20年も30年も私たち兄弟姉妹にはあると思っていたものが、50代半ばで兄と姉が逝ってしまった。母親は私が3−4歳のときに亡くなっており、父は私が10歳のときに亡くなった。

 それから今まで兄弟姉妹だけでこの世を生きてきた。私以外はそれぞれ伴侶を持ちあるいは持ったことがあり経済面でも若干裕福な生活を送れる境遇までになっている。その兄弟3人がいれば私には十分だった。それ以外の人間は空気のようなものだ。この空気というのはあって当たり前でそれ以上でもそれ以下でもないという意味だ。

 兄と姉を喪った私の兄弟姉妹は、長女の姉だけになってしまった。長女の姉とは10歳ほど離れているのでそれほど新密度は高くない。同じ市内に住んでいても2年も3年も一度も会わないこともある。私は兄のそばに住んでいるので兄に世話になっている。私のすぐ上の姉は歳では三つ離れているが実年齢では二歳ぐらいの差しかない。

 最初に兄が亡くなってら直ぐ上の姉の落ち込みが激しいので、私はその姉との気を紛らわせるために都合がつく限りいろいろなところへ出かけていった。姉は兄が亡くなったことでしゃべる声が出ないほどの状態になっていたのだ。その姉を慰めるためにショッピングや行楽に週に1−2度は出かけるようにしていた。これはまた自分を慰めるためでもあった。

 そんなことが一年ほど続いた。姉のしゃべる声がもとのように出るようになったころその姉が病に倒れた。それから二年間姉の闘病が始まった。いや、姉の闘病には間違いないのだが、実際には私の闘病とでも言うべきものだった。その二年間の病院通いで私は少しづつ人間性が変わって行った。どういうことかというと、よんどころなく姉の世話をしていくうちに、人の面倒を見るなんてことのできる自分じゃないと思っていたのに、女の世話をすることができるそういった人間性が自分の中にあることが分かった。

 姉は脳動脈瘤の手術の後遺症で高次脳機能障害となり、症状としては痴呆性老人のようなってしまった。自発性が著しく欠如しているので、身内が行って散歩させたりの面倒を見てやるのが最善のリハビリなのだ。在宅で訪問介護などを利用して姉を社会復帰させたいそれが私の夢だった。幸いなことに姉は自分の住まいをかねた小さなビルを家作として持っているので金銭面での出費は労することはない。

 姉の一人娘は母を施設に入れたがっていたが、私はなんとか姉が在宅で生活できるまでにしたいと思っていた。その姉は2年間の闘病むなしく院内事故のようなもので姉は亡くなってしまった。毎日病院に通って姉のリハビリの手伝いをする私の二年間の行動パターンが消失してしまった。それに兄に続いて姉を喪ってしまった。どんな状態であれ生きているのと死んでいるのではその違いは大きい。

 三日が営業始めのスナックへ夜の9時前に顔を出しそこで1時ぐらいまで飲んだ。最初の口開けは私一人だけの客だった。それからポツリポツリと客が入ってくる。6−7人の客が来ていたろうか、どの客もすでに顔見知りになっている人たちだ。私にもこの店での居場所ができつつある。

 私はスナックへ行ってもそれほどアルコールを飲まないようにしているのだが、その日は焼酎を半分ほども飲んでしまった。それから30分ほど歩いて遅くまでやっているスナックへ行った。ここは最近開発したスナックだが遅くまでやっているし値段も安いので、遊び足りないときの飲み直しにちょうどよい。

 ここの店ではまだ一見に近い客なので私の居場所はまだない。それで電話をして知り合いを呼び出す。といってもこんな時間に呼び出せるような知り合いは一人しかいない。今日最初に行ったスナックで数ヶ月前に知り合った歌のうまい女だけだ。実は今日も最初に行った店で会っているのだが座る席が離れたのと、なんかよそよそしくてほとんど口も聞かないでお互いに最初の店をそれぞれに出てきたのだ。

 呼び出した時間は二時半ごろだったようだ。それからその店で一時間ちょっと飲んでからその女の住んでいるあたりの方向へ送りながらも途中カラオケボックスに入って朝の6時の営業終了まで少し飲んで歌を唄ったのである。その女に相変わらずなんだかんだと言われながらも、その女といるのは楽しい。その女は知り合ったころからなんだかんだと私のすることなすことにあれこれと文句をつけるのだ。

 姉が亡くなってから私はすることがないのに気がついた。寂しい上に友達もなくさらに仕事もない。これほど悲惨なことはない。パソコン教室をやっているけどパソコン教室を始めて一年ほどで姉が倒れたので、それを口実に自分をごまかしてパソコン教室の生徒を集める努力も全くしないできたので生徒はほとんどいない。

 それで自分の現状を良く考えてみた。兄弟だけいればよいと思っていた私には伝というものが全くないのだ。これではいけない、友達を作って自分の世界を広げなければいけないと感じた。つまり伝を作らなければならない。そのために私は自分の世界から出ることにした。55歳の男がやっとそんなことに気がついた。こんなこといまさら気がついたからってそれで急に友達は増えるわけじゃないけど、とりあえず今までの私の心のバリヤーみたいなものは薄れてくるだろう。

 外に出て友達や知人を増やしその伝のつながりから、パソコン教室の生徒も集まることもあるだろう。カラオケの好きな人も多いのでパソコン教室で私がカラオケの練習をしていれば、少しはあそこのパソコン教室ってカラオケができるのねってうわさにもなるだろう。少しでも暖かい日はドアを開けて私がカラオケの歌を唄いまくっているところが見えるようにしている。通る車がちょうど教室の前に止まると教室の中を覗き込んでいる。

 最初のうちは音痴だしちょっと恥ずかしいような気もしていたけどそれもだんだんと慣れてきた。慣れてくればここはスナックでもないし緊張しなくて唄える。保育園児童が集団で公園などに散歩に行くときに、あそこは何をするところ保母さんに聞いていると、その保母さんはあそこはカラオケ教室よなんて笑い話じゃないけど実際にそう言っていたぐらいだ。

 友達を作ろう。伝を作ろうとして外へ出だしたけど、友達はなかなか作れるもんじゃない。いや作れないのじゃなくて、友達を作らなければいけないのに作れない枠を自分が作っているだけなんだ。本当に友達を作るのならもっと相手に飛び込んでいくことが必要なんだ。多くの場合人は相手から飛び込んできちゃくれない。

 それで気がついたことがひとつある。全く利害関係のない友達を作るのは異性のほうが可能性が高いのかなということである。男はどうしても帰属意識が強いので、同じ帰属であれば友達になりやすいが、スナックで知り合った程度ではせいぜい顔見知りの飲み友達程度にしかなれないかもしれない。

 そのてん女性は通りで目が合ってもこっちがにっこりと微笑めば知らない人でも大抵会釈をしてくれるし、にっこり話しかければ多少の雑談にも応じてくれる。スナックなどならアルコールが入るのでより気楽に話し相手にもなってくれる。これが男だったらこうはいかないだろう。通りで知らない男ににっこりなんかしたら、その相手にこいつは何だと思われるのがせいぜいだろう。

 それで私には友達はいないけれど、知り合いといえるような人は女性しかいない。私のいるパソコン教室にたまに顔を出してくれるのも女性だけだ。男ではパソコン教室に顔を出してくれる人はまだいない。飲んでいるときは男は話が合えばお互い都合よく相手に合わせるけど、それはあくまでも飲んだ席だけのことで店を出れば終わりって場合がほとんどだ。

 そんな風にして私は外へ出るように努力している。プータロウ(無職=収入がない)に近い私としてはお金もかかるけどお金で得られないものを得るために外へ出る。そうそれで昨日の深夜にカラオケボックスに入り、営業終了時間の朝6時に出てから40分ぐらいの道のりを歩いて帰ってきたんだ。

 今の時期の朝6時ごろはもう薄っすらと明るんでいる。一緒にカラオケボックスに行った歌のうまいその女に友達以上の異性よりもなんとなく姉のような気持ちを抱きつつ思いながら、ついこの前までの何度かの朝帰りが薄暗かったのに、今日は年を越したら夜が短くなりかけてる気がした。

Cools