なんだか今年の冬は寒そうだ。それに加えパソコン教室の生徒もいないのに、夜はカラオケスナックへ何度か通っていたり、その後朝までカラオケボックスにいたりしちゃあ、手元の金もあっという間になくなってしまう。
収入はないのに金は出て行く。金もないのに遊びにも出て行く。このままじゃそのうち本当にどこか枝振りのよいところにぶら下がるようになっちゃうかもしれない、まあ、そうなったらそれはそれで仕方ないけど、それより問題なのはぶら下がるだけの根性がないってことだ。
急にパソコン教室に生徒が押しかけてくれるようになるわけはまずないので、このままパソコン教室を続けていくのも先行きは危ぶまれる。どこかへ勤めにでも行きたいのだが、歳も歳だし雇用してくれるところにとって有益な特殊能力だってありゃしない。人並な資格なんてほとんどの人が持っているし、人並み程度の資格ならあえておじさんのほうを雇わなくて若い人を使うだろう。
それで私は決心をしました。唐突ですが今日から副業としてインタネットの世界で私は乞食(お貰いさん=労働対価なしに金銭や品物を貰う人)を始めることにしました。今日から私は由緒正しきインターネット「乞食」になります。私のインターネット乞食のどこが由緒正しいのかというと、自分でちゃんとインターネット乞食だと名乗っていることです。
私はインターネット乞食なので皆さん余禄のお金は安心して私に送金してください。インターネット乞食なので申し訳ないですが手っ取り早く振込みでお願いします。現金書留や送金為替などの郵送だってかまいませんが、直接届けるのは勘弁してください。なぜならインターネット乞食はインターネットの中だけのことなのです。俺って本当に都合のいいやつなんです。
あっと、ちなみに普段は私は「私」ですが「俺」ってなるときはより新密度が高く気楽な状態のときに「俺」を使用しています。混在させて使用しています。「です・ます」調と「だ・である」調も混在していますが、それは単に頭の中の混在がそのまま出てきているだけです。
今日から私がインターネットで乞食を始めることは冗談じゃなく本当のことです。それに今日は1月5日でまだ4月1日じゃないし、たとえ4月1日だったとしてもインターネット乞食開業はエイプリルフールネタなんかじゃありません。私は副業としてインターネットで乞食を始める決心をしたんです。これこそ起業精神というもんです。
さあ、これで私はインターンネット乞食を開業宣言をした。私が今後枝振りのよいところでぶら下がらなくてすむかどうかは、ひとえにインターネットを利用している人たちのお慈悲にかかっている。もし私が枝振りのよいところにぶら下がることになれば、それはインターネットを利用しているあなたの無慈悲さがそうさせたことになるのだ。つまりあなたは全能の神のごとくに私の生き死を握っているのだ。
・・・なんてことを考えては見たけれど、インターネット乞食なる生活形態が可能なのだろうか。数年前に日本以外の国にはインターネットで乞食をしている人がいるという話を聞いたことがあるが、その後その人がどうなったのかの話は聞いていない。世の中そんな甘いもんじゃないだろう。いや甘いところは大甘なんだろうけど、それは既得権益の中で生きている人たちの一部だ。
新潟県中越大震災やスマトラ沖地震の津波など、天変地異による不可抗力に翻弄される人もいるのに何もせずに座してインタネット乞食なんて発想(発想じゃなく誰かがすでに考えていたので盗用か)をすること自体他力本願な性格の表れだろう。インターネット乞食の発想から今年はこの他力本願な私の性格が明文化できただけでも何らかの方向性が見えてくるのじゃないだろうか。よし年の初めだ。今年一年気合を入れて生きてみよう。
Cools
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