ちりも積もれば山となる。とはよく言われるけれど、ちりが積もって山となってもそれはただのごみの山。そんなごみの山不法投棄で迷惑なだけの話。ならば人の齢の積み重ねもちり同然か。
生まれてこの方ちりが積もって齢五十を過ぎ五十五歳になった。つまり17億3448万秒経過した。これなど秒というちりが私につり積もった結果だ。自分の人生をちりというには自分を生んだ両親に対して不遜だが、まあ自分の人生はそんなもんだろう。
ちりも積もればといったが私がこの世に生まれたのは生まれた以上は必然として生まれたのだ。生まれるべくして生まれたのだ。それはビッグバンが始まって宇宙が出来たときから私は生まれることが決まっていたのだ。私が存在することによって私が存在することが初めから決まっていたと言えるなら、反対に私は私の両親二人が偶然に出会い、偶然に何度か妊娠して偶然に私がうまれたのだとも言える。後はこれの繰り返しで遡れる。
全ては必然か偶然か。ちなみにわずか34代前に遡れば約86億人の先祖を必要としている。この数字はエクセルで出してみたけど本当に本当かいなあ。わずか34代前で現在の地球総人口よりも遥かに多いのだ。しかも寿命を人生50年してもたった1600年前のことだ。たぶん昔の社会情勢や食料的事情などで人生50年なんて寿命は特権階級でもない限り得られないだろうから2-30年の寿命にしてみればわずか1000年前ぐらいのことだ。1000年というとそんなに昔でもない。その間これだけの人間が私をあなたを生むことにかかわりあっているのだ。
| 1代 |
一 |
現代 |
| 2代 |
二 |
50年 |
| 3代 |
四 |
100年 |
| 4代 |
八 |
150年 |
| 5代 |
十六 |
200年 |
| 6代 |
三十二 |
250年 |
| 7代 |
六十四 |
300年 |
| 8代 |
百二十八 |
350年 |
| 9代 |
二百五十六 |
400年 |
| 10代 |
五百十二 |
450年 |
| 11代 |
千二十四 |
500年 |
| 12代 |
二千四十八 |
550年 |
| 13代 |
四千九十六 |
600年 |
| 14代 |
八千百九十二 |
650年 |
| 15代 |
一万六千三百八十四 |
700年 |
| 16代 |
三万二千七百六十八 |
750年 |
| 17代 |
六万五千五百三十六 |
800年 |
| 18代 |
十三万千七十二 |
850年 |
| 19代 |
二十六万二千百四十四 |
900年 |
| 20代 |
五十二万四千二百八十八 |
950年 |
| 21代 |
百四万八千五百七十六 |
1000年 |
| 22代 |
二百九万七千百五十二 |
1050年 |
| 23代 |
四百十九万四千三百四 |
1100年 |
| 24代 |
八百三十八万八千六百八 |
1150年 |
| 25代 |
千六百七十七万七千二百十六 |
1200年 |
| 26代 |
三千三百五十五万四千四百三十二 |
1250年 |
| 27代 |
六千七百十万八千八百六十四 |
1300年 |
| 28代 |
一億三千四百二十一万七千七百二十八 |
1350年 |
| 29代 |
二億六千八百四十三万五千四百五十六 |
1400年 |
| 30代 |
五億三千六百八十七万九百十二 |
1450年 |
| 31代 |
十億七千三百七十四万千八百二十四 |
1500年 |
| 32代 |
二十一億四千七百四十八万三千六百四十八 |
1550年 |
| 33代 |
四十二億九千四百九十六万七千二百九十六 |
1600年 |
| 34代 |
八十五億八千九百九十三万四千五百九十二 |
1650年 |
| 100代 |
六三三八二五三〇〇一一四一一五〇〇〇兆 |
4950年 |
100代も遡ればそれこそ途方もない数字となるが、間違いなくこれらの人の関与がなければ今いる誰もが生まれてきてないのだ。これが偶然なのか必然なのかと考えると、必然と考えざるを得ない。偶然であるにしてもこれだけの偶然を重ねることはそれは必然といえるのだろう。だから偶然は偶然であるかのように装っているがそれは必然なのである。
実際にはこれだけの人がいたのも事実だが、実際には人が生まれてくるのは案外に狭い地域の中から生まれている。100人程度の部落や単位で多少の外部からの血が混じる程度で種としては存続できていくのだろう。人種なんてものは初期にはそんな地域隔離による近親婚によって出来上がったものだろう。
それにしてもこの天文学的な数字を思えば、人が死んで霊魂などが残っているのなら地球の上には霊魂だらけがちりと積もっていることになる。幸い霊魂は見えないし触れることも出来ないのでその霊魂がどんなにちり積もっていようと実感として感じることは出来ない。だから人が動くたびに霊魂を踏みつけて歩いたり押しつぶしたりすることになる。息をすれば空気と共に体に入りまた出て行く。中には食物と一緒に食べられて排泄される霊魂もいるだろう。
ということは霊魂なんていないということに等しいのであろう。つまり霊魂なんてない。人は死んだら意識は無に帰す。何も残らない。死んだ人にとってはそれまでの思いでもなくなれば歴史もなくなる。それらは生きている者が思うだけのことである。
ちりも積もればではないが私はそのちりの結晶とでも言うべきものだ。もちろんこの記事を読んでいるあなたもそうだ。たった100代前で天文学的な数字になっている。これだけの人がわずか5000年から1万年前の間に現在の私をあなたをこの世に送り出すためにかかわりあっているのである。これはビッグバンからたどって我々が住む銀河が生まれ、太陽系が生まれ地球に生命が発生し、その生命からの命を思うとわれわれが生まれていることが偶然などではありえない。が、でもそれは間違いなく偶然の産物だ。偶然の結果は全て必然なのである。
Cools
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