バレンタインデーもとっくに過ぎ去ったが、次の日に義理チョコを二つ貰った。あるスナックへ待ち合わせてMe子と飲みに行ってMe子からと、そこのスナックに勤めている30年ほど前から知っている女性に貰ったのだ。この日にアクシデントは起こった。
まず、そこの店で11時ぐらいまで飲んだ。それからMe子を連れて別の店に梯子に行った。そこでさらに二時間ぐらい。それからさらに別の店に行って一時間ほど。最後のスナックを出たのは結局3時過ぎになってしまった。
3時ごろになると小雨が降っている。最後のスナックで傘を借り、借りるといってもビニール傘だし返さないからねと言って貰ってきた。Me子はそのスナックから歩いて15分ほどのところなので、そっちの方向まで歩いて送っていく。これはいつもの通りだ。
Me子をいつも送っては行くがぼくはMe子の家がどこかは知らない。Me子は用心深く自分の住んでいるところは誰にも教えない。その日に限ってビニール傘じゃ小さいから家にくれば、大きいかさもあるからよっていくかと聞く。ぼくはいやいいよと言って、それじゃあねといつもの角で別れて帰ってきた。貰ったバレンタインデーの義理チョコとプレゼントは袋に入れて、差しているビニール傘の柄にぶら下げてある。
そこからぼくの家に帰るには40分ほど歩かなくてはならない。歩いているうちになんだかお腹の調子が悪くなってきた。雨は相変わらず小雨が降り続いている。ちょっとヤバいかなと思っているうちに我慢が出来なくなってきた。幸い橋のたもとまで来たので、川に降りて用を足そうと思った。
土手を下って河川敷に降りようとしたときに、肛門は内圧に耐え切れなくなって、ぶりぶりと大量の汚物を吐き出してしまった。わお! こうなっては仕方ない。もうズボンを脱いだら始末が悪くなる。このまま帰って風呂場で洗い流すしかない。幸い深夜3時半頃だ。雨も降っているし人もいやしない。お尻に汚物をつけたまま歩いたってかまわないだろう。
河川敷へ降りたけどまた川の土手を登ってその橋を渡って帰らなくてはいけない。川の土手へ戻る道もサイクリングロードがあるのだけど、面倒なのでコンクリート打ちの斜面を登ろうとコンクリートの斜面に足をかけたとたん足が滑った。思わず空いてる左手を土手の斜面に突いた。グキッと感じた。これまでに感じたことの無い感覚だった。これはヤバい!と思った。
それから急いで家に向かう。まだお腹の調子も良くならないで、時々ぶりぶりと排泄をしている。汚物でお尻が膨らんでいるのでちょっと尻が重たい感じだけど、汚物のぬくもりがなんとも気持ちも良い。汚いかもしれないがあきらめれば、その感触はそんなに悪くない。ウンチというのか脱糞マニアだっているくらいだから、こういう経験も悪くないかもと思いながらも、左手首の痛さは尋常ではない。
家についてすぐ風呂場に駆け込み、シャワーで汚物を洗い流す。パンツもズボンもそこできれいに洗って、ある程度きれいにしてからからゴミ箱に捨てた。手首は痛いけど、まあ、突き指ならぬ突き腕だろう程度に考えていた。
翌日目が覚めると手と手首は1.5倍に腫れ上がっていた。手首の回りは所々内出血みたいな嫌な色をしている。それでもぼくはこうなると医者に行くのが逆に怖くなり、自分でギブスみたいな事をして過ごした。どうせ医者に行っても骨折じゃギブスをしてくれる程度だろう。そう思って医者に行かなかった。左手で薄い紙一枚も持つ事が出来ない状態だったにも関わらずだ。
一週間ぐらいしても手や手首の腫れは引かない。誰かに医者に行ったほうが良いのじゃないのといわれたので、それじゃあリハビリのためにと骨接ぎ医院に通う事にした。そしたらこれは完全に手首にひびが入って内出血も起こしているといわれた。それでその骨接ぎ医院にそれから毎日一ヵ月半通った。その骨接ぎ医院も電気を流したりマッサージをしてくれたりで、一生懸命面倒を見てくれた。
そして現在はまだ時々筋が痛む事があるものの、ほとんど平常に左手が使えるようになった。物も持てるようになったし、うんと力も掛けられるようになった。本当に紙切れ一枚持つのだって痛かったので大変だったんだけど、ぼくは気にせずに左手を普通に使うようにしていた。手首にひびが入ったその日から自転車にも乗っていたし、必要な最低限度のするべきことは全てしていた。
ぼくは骨折も骨にひびも入るような経験をこれまでしたことがないけど、今回の経験をしてこんな経験はもうしたくないなあと思いました。メールが入って飲みに行くことになりましたので、中途半端な文章ですが後日追補致します。
Cools
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