四五年というもの夜になれば、週数回はスナックへ行って多少のアルコールを飲むか、烏龍茶を飲んでカラオケを唄って過ごすという生活を続けていた。
出る回数が多い時は毎日だった。そして数軒の店に寄っていた。行く店はどこも料金の高い店じゃない。チュウハイ一杯500円、お通し500円、でカラオケ1曲100円から200円の様な店ばかりだ。なので一杯飲んで出てくるだけなら1,000円だ。カラオケを5−10曲歌って2,000円程度の店ばかりだ。それでもちょっと気を許すと帰る頃には1万円ぐらいは軽く吹っ飛んでいる。そんな生活を四五年もしていたのだ。良くそんな金があったと自分でも不思議に思う。
夜になって飲みに出るのは出会いを持てめていたからだ。人と接することの少ない仕事がらもあって、飲み屋とはいえ人と出会うことはとても楽しい。自分は簡単に友達ができるタイプではない。それでも飲み屋に通っていれば顔見知りも多くなり口を聞く人が増えてくる。そんなことが単純に楽しいのだ。
そしてもう一つの楽しみはカラオケである。人のいるところで唄うことが楽しいのだ。カラオケの方ははっきり言って下手を越えて音痴である。急に歌を唄うことが好きになったって、唄はそんなに簡単なものじゃないと思い知らされた。例としてご存じかどうかだが演歌歌手の原田悠里さん唄う「津軽の花」という歌がある。私はこの歌をスナックで知った。自分でも唄いたくて良く唄っていたが、まあまあちゃんと唄えるようになったのは、カラオケを始めてから何と三年以上も経ってだ。
三年というけど、たまにしか唄わなくての三年じゃない。比較的時間のある私は、毎日毎日パソコンを利用して歌の練習をしていた。ただ、同じ歌ばかりじゃなくいろいろな歌を数多く唄っていた。たくさんの歌を一度に練習すれば、唄が上手くなったときにレパートリーもたくさんできる。そんなつもりで数多くの歌の練習を同時に開始した。
津軽の花も毎日、たぶん毎日思いつく限り唄う練習をした。音痴の悪いところは私だけかもしれないけど、歌手の歌を聴いて練習しないで、伴奏に合わせて唄うことをしてしまうことだ。唄うことの方が楽しいのだ。いろいろな唄だけど何時間も唄うことによって、脳内から幸福物質が出るのだろう満たされた気分になる。疲れるぐらい唄うほど充実感は高い。
またその自分の唄った歌を録音しておいてあとで聞くのだ。これもパソコンならではの便利さで簡単にできる。そして自分の歌を聴いてそれがとても嬉しいのだ。音痴の悲しさ、自分の唄っている歌がそれなりにいいのじゃないかと思えるのだ。なんというナルシズムというか自己愛なのだろう。自分ってまんざらでもないのじゃないって思う。それが人というものだろうけど。
そんな唄い方だけど最近はスナックのママが「上手になったわよね」と一様にほめてくれるようになった。このほめてくれるのは前から比べたら良くなっているという意味で、唄が上手いって意味じゃないみたいではある。それでも人という生き物は、「そうだろう」なんて思っちゃうものなのだ。
そんなスナック通いもここ半年で数が少なくなり、最近はほとんど出ることもなくなりだしてきた。めんどくさくなったのである。ただめんどくさくなったのではなく、自分が通っていたスナックなども四五年も経つと変化が起きてきたのだ。地上げによる店舗の移転。個人的理由による廃業。そういうことが起こってきた。店の場所が変わったりしてしまうと、同じ経営者でも雰囲気は以前と同じ店というわけにはいかない。新しい場所にはそれなりに新し客も付く。
とくに自分としてはそこへ行けば安心して楽しめるし、いろんな人に出会えた。そんな居場所とも言える環境の店が止めてしまったことが一番大きい。その居場所ともいうべきスナックに行く前に何軒かのスナックに寄って、それから最後はそこのスナックでしめにして帰るのがパターンだったのだ。遅い時は朝方四五時なんてことも多々あった。その店は女性客も多く値段も安く楽しい店だった。値段が安いから女性客も多かったのだろう。
客も来るのが遅いので開店時間も遅い店だった。あくのは早くて夜9時という店だ。そして夜遅くまで営業しているので、そりゃあ癖のあるお客も多かった。そんな時間まで多くの人はアルコールを飲むのだから、酔って癖の出る客も少なくないのはとうぜんだ。がそれでも大したもめ事もない店だった。それにその店は人を引き付ける十分な魅力があった。ママは若いけど美人じゃないが、ママにも魅力があった。今どきのスナックにしては比較的若い客も多かったし、商売商売と言ったママじゃないのも良かったのだろう。
そんな行きつけの店がなくなってしまった。半年ぐらいはいろいろな店で摸索をしたけど、どうにもそのなくなった店の代替をしてくれる店は見つからない。どこの店も客は爺と婆ばかりなので、あまりにも爺と婆ばかりじゃ華がなさすぎるのだ。自分も既に爺と思われているのかもしれないのに、自分に甘く人に厳しく見るのは人の一部としての特徴ではある。
何かをするには情熱が必要である。その情熱には対象物が必要である。その対象物が消えてしまったのである。その店はそういった思いの人が多く集まった店である。そういった人たちがいろいろなところで飲んでいて、最後にはそこの店で集まって同じ時を過ごす。そんな感じの店だったのだ。スナックなどに若い人は本当に数少ない。多くの若い人はチェーン店系列の大型居酒屋に行ってしまう。だけどそこの店だけは、先にも言ったようにそういう若い子たちも比較的多く来ていた。
そんな私の居場所がなくなった。情熱の行き場は断たれ虚ろである。新しい場所を求めても、四五年かけて培った居場所と同じものができるはずもない。去った人と同じ人が居るはずもない。そういう時、人は新しい出会いを待つべきなのだと思う。新し出会いは向こうからはなかなかやっては来ない。だから自分から出て行った方が良い。今年のひどい花粉アレルギーがもう少し落ち着いたら、薄れた情熱に風を送ってその情熱の火を少しを強く燃やし、気持ちも新たに出会いを探しに行ってみたいと思っている。そう、もういつの間にか、春なのだから。 |