鍵2
2008/08/26
 同棲していた女が入院をした。
 女が入院したので毎日病院に見舞いに通っていた。私は意外にこまめなのである。入院している間も私が見舞いに行っていない時間帯は、女から何度もメールが来たり、時々は携帯もかけてきた。

 入院も終わりに近づいたころ、見舞いに行っている私に女が言った。「明日は知り合いが来るから、お見舞いに来なくていいよ」って言った。そう言われて、彼女は知り合いも多く、私がいては都合の悪いこともあるのだろうと思った。

 「見舞に来なくていいよ」って言われてた日にも女からメール何度か来た。そして夕方になって、「明後日は役所の人が来るので明後日も見舞に来なくていいよ」って携帯がかかってきた。確かに女は体を悪くして生活保護を受けている。入院するにも役所に報告をしなければいけないらしい。その報告するようなことを以前に言っていたので、それで役所の人が来るのだろうと思った。

 毎日見舞いに行っていたが、女の都合で二日間見舞いに行かなくてよくなり、私は「じゃあ、ぼくは二日んのんびりさせてもらうよ」って携帯を切った。まさかそれが女との別れになるとも思わなかった。

 病院に行かなくなって二日目の夜。女から携帯がかかってきた。「明日退院します。姉のところに当分行きます」というのだ。私は「どうして姉のところに行くことになったの」って聞いたら、「姉が来なさいって言うから」と女は答えた。よくわからないけど、そういうものかと思った。

 女がどうやら退院したようだ。「ようだ」というのは実際に見ていないのでわからないからだ。女からのメールでそうしった。そしてそのメールには「いろいろありがとうございました。荷物を一度取りに行かなくちゃあね」なんて書いてあった。

 私は、女になにかあったんだと思った。女は知り合いが多いし、私と知り合う前に付き合ったていた男と別れたばかりだ。知り合いで見舞いに来たとなにかあったのか。私はその間の繋ぎだったのか。それで私と別れたいのか。そんな疑心がわいてくる。私は都合よく捨てられたのか・・・

 「そうか、わかったよ。じゃあ君の荷物は僕が君の家に届けておくよ」って言った。女はそんなことはしなくていいって言う。「えっ、いやだよ。荷物を引き取りに来られるほうがいやだよ。家は留守だろうけど、荷物は袋に入れて玄関ノブにかけておくから」女の家に通い夫を二カ月ほど続けていたから、女の家は知っている。その後、彼女が私の部屋にやってきて一ヶ月間ほどの同棲だった。

 私は女の荷物をすべて袋に入れて、その日は誰もいない女の玄関ノブにかけてきた。ドアの郵便受けには当日の新聞が入ったままだ。本当は高校生の娘がいるのだけど、夏休みで昨日から友達のところに泊りに行っているそうだ。

 それからしばらくは女と、「別れるのか」とかの話でメールのやり取りをしていた。女は「病気の私とは別れたいんでしょ」なんて言ってくる。「そのほうがいいんでしょ」とも言ってくる。ぼくはそんなことは一度も言っていないが、ぼくの態度のなかに、そんなそぶりが入ってたのだろうか。別れるなんて思ってはいなかったけど、確かに今の状況はたぶん長くは続かないのだろうなあって予感はどこかにあった。

 「別れる気はないよ」ってぼくが言うと、なんだかんだと、ぼくが女の病気を理由に分かれていく風な図式に彼女は話を持っていこうとする。「鍵だって返せって言ってないだろう、君はわかれたいの」って言うと「別れたくない」って答える。が、また次の日は女はメールで同じことを繰り返してくる。

 ぼくは女がお見舞いに来た誰かと同棲でも始めて、女がぼくと別れたがっているとしか思えなかった。そうだよな。もうすぐ六十に手が届く男。おまけに片目はつぶれている。そんな男に何かをすがってみたけど、満たされるものは少なかったのだろう。勝手にそんなことを想像しながらも、ほかの男に行ったとの思いの嫉妬心は深い。が、私の安っぽいプライドは、女がほかの男へ行ったのなら、どんなに未練があっても、女とは潔く分かれることを選択する。

 女からのメールも内容が、だんだん「二人が別れたほうがよい」というような内容ばかりになってくる。ぼくを傷つけないようにからか、女のごまかしからか、どうやら女はぼくが女を捨てたような雰囲気にしたいみたいだ。

 あるときに「鍵を返したいから一度会ってくれますか」って女からメールが来た。私は、「ぼくがいない時間帯に玄関ポストに入れておいてくれたらいい」って、メールで答えた。そうしたら「鍵を返したいのでどこかで待ち合わせできますか」って聞いてくる。私は「めんどくさいなあ、会いたくない」って答える。「会ってお礼も言いたいし話したいこともあるし、お願いします」とメールが来た。

 「じゃあ、どこで待ち合わせるの。午後3時過ぎならなんとかなる」」とメールすると、「いついつ、駅ビルの喫茶室で」とメールが来る。

 約束の日。ラウンジ風の喫茶室。女は先に来ていた。「元気と」と私は聞きながら、ベンチソファーに腰をおろした。何を話したか覚えていないが、別れ話の愚痴のようなものは二人とも話さない。そして女はバッグから私の部屋の鍵を知り出して私に渡した。鍵を返されたことで別れは決まった。

 二人はお茶をお代わりした。私が二杯目のお茶を飲み干して、「じゃあ行こうか」と言ってその喫茶室を出た。一階に下るエスカレーターに二人で乗る。何度かエスカレーターを乗り継いで三階まできたとき、二階に向かうエスカレーターの踊り場で彼女を抱きしめた。辛かった。

 時間は飲むにはまだ早い時間だった。時間つぶしを兼ねて、私は歩いて離れた繁華街まで行くことにした。何軒かのスナックに入った。それでも気分はどんどん落ち込んでいく。落ち込んだまま酔客のいるスナックにいるのも辛い。帰って一人でベッドにもぐりこみ、この寂しさと抱き合うことにした。

 それから三日間ほとんど寝られなかった。いっぺんに体重が2キロ以上落ちた。失恋はダイエットにはいいかもしれないなあなんて考えながら、女のことを思った。何が原因なのか、何も分からない。女という生き物が分らない。未練だなあ。
Cools